FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:22 それぞれの愚かさ





お前は一つのことに集中すると周りが見えなくなる』


よく、あの人に言われた言葉だ。


『集中して物事に取り組むのはよいけれど、周りも見ていないと何かにつまづくぞ』


そういってあの人はよく苦笑した。

その度に、私は恥ずかしさによく赤面してしまったものだ。

確かに自分はあることに集中しすぎると、細かいことに注意を払うのを忘れてしまう。

そのせいで犯した失敗は一度や二度ではない。

また、取り返しがつかない大失敗を犯したことさえある。


それなのに――――



(どうしてこんなに大事なことを今の今まで忘れてたんだろう…)



自分の愚かさには本当に辟易する。

いつも、こうだ。

いつも、失敗して惨めになる自分がいる。



取り返しのつかないことを犯し、嘆くだけの自分がいる―――



薄れゆく意識の中で、誰かが自分の浅はかさを笑う声がした。










周りに飛散しようとする強烈な刺激臭に気づいたフォイドが取った行動は早かった。

「『集え、風の子供達!汝等の姉たる風の娘の契約者が命じる…ここ一体の空気を集束させよ!

 臭いが広がるのを防げ!』」

言葉で呪を紡ぎ周囲に呼びかけると、風の精霊達が動いたのがわかった。

同時に、側にいたゲイルヴァティアもフォイドの呼びかけに応えて周囲の大気を動かした。

また、ゲイルヴァティアは集まってきた若い精霊達に細かな指示を飛ばす。


まずはこの巨悪で物騒なこと極まりない物体の臭いが広がるのを防ぐことが先決だった。


周囲にこれが飛び散ってしまったら―――


それは考えるだけでも恐ろしいことだった。

少なくとも数人がぶっ倒れる。

そして絶対忘れられないトラウマになる。



それほどに凶悪。

それほどに物騒。




薬草ゲンドラエート。




それは魔力の回復や滋養強壮に最も効く薬草と言われているが、世界の中でも三大刺激臭と呼ば

れるほどに臭いがきついものなのだ。元々は第2大陸のジャングルなどに群生しており、古くから原

住民の間では薬として使われてきたものらしい。だが、その原住民でさえ群生している場所になんの

装備もなく迷い込んでしまえば、一年は鼻が使い物にならなくなり一生のトラウマとなるという。

フォイドが持っていたそれは臭いを抑えるための処置をして乾燥させたものだが、それでも十分凶

器になりうる。フォイド自身昔の実験でそれを扱ったことがあるが、正規の処置を施して正しく扱った

としても一週間は鼻がおかしくなった。



それ以来、出来るだけ避けてきたものだったのだが―――


「あー、もう!師匠の馬鹿野郎――――!」


悲しいかな、フォイドにあの師匠の頼みごとを断ることができるはずもなく。

お約束の展開に至ってしまうあたりフォイドの普段の行いが悪いというのか。

とにかく被害を周りに撒き散らさないことを考え、ただ精霊の動きにだけ集中する。

時間にすればそれは1分や2分の間の出来事だったが、フォイドにとってはいつもよりも時間が長く

感じられた。





そして、ただ被害を抑えることだけに気を向けていたその時の彼は、気づいていなかった。


自分の足元に長い藍色の髪の女性が倒れていることになど、気づいていなかったのだ。









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