FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:23 二人の非




とりあえず一件落着した後、更に問題発生。
フォイドはまた頭を抱えた。

フォイドが今いる場所は、先程フォイドがへまをした通りの近くにある宿屋の一室だった。

そして、目の前のベッドには女性が一人。
苦しそうな表情のままその瞳は閉じられている。
暗い藍色の長い髪も白いシーツにただ放射状に広がり、まとまりのないまま放置されていた。
まだ、彼女が目覚める様子はない。
フォイドは小さくため息を吐いた。

あの時、臭いが周囲に広がることは何とか避けた。
しかし、その事態を起こした張本人ともいえるフォイドにぶつかった女性は、どうやら直撃を受けてしまったらしい。
気づいたときにはその場に目を回して倒れていた。
いくら臭いを抑えるために処置をしてあったとはいえ、あれだけ特別製の紙袋を重ねてあった代物だ。
ゲイルヴァティアがある程度臭いが周囲へ洩れないように防いだものの、彼女とてぶつかった女性に対してまで気を回す余裕はなかった。
間近であの臭いを嗅いでしまったのだったら、倒れるのも無理はない。
耐性のない人間にとって、あの薬草の刺激臭は毒に変わりない。
例えいずれはそれが良薬になるとしても。

「はぁ…なんでこうなるんだろ…」

何度目になるかわからないその言葉を吐き、自分の失敗を盛大に呪いながら彼はまたため息をつく。
問題の代物はゲイルヴァティアや他の精霊に頼んで、アリューンのところへ持っていってもらったので今ここにはない。
ゲイルヴァティアにアリューンへの伝言も頼んだので、今頃は事情の説明がなされているはずだ。
おそらく今頃、彼の師匠は自分の弟子の失敗に呆れているに違いない。
帰ったら…あの師匠のことだから怒ることはないだろうが、後々ずっと嫌味を言われ続ける。
さり気なく、なんともなしに毒を吐いてくるのだ、絶対に。
そう考えると頭が痛くなってくる。


暗い考えばかりが頭を過ぎる中、フォイドが気分転換に水でも飲もうと思って立ち上がった時だった。

「…ん」

側で声がした。
反射的に振り向くと、ずっと眠っていた女性がその目をゆっくりと開きかけていた。
彼女の目が覚めたのだ。
しかし、まだ焦点が定まらないのだろう。
ぼーっとした表情のまま、その瞳は天井を見つめていた。
だが、何かに気づくといきなり飛び起きるように、身体を起こした。
「…大丈夫か?」
フォイドがゆっくりと声をかけると、女性はすぐにフォイドの方へと振り向く。
彼女の瞳が、フォイドの目を見つめた。
その瞬間、フォイドは息を呑んだ。
その瞳は森の新緑を透かし込んだかのように、美しい緑。
フォイドはその瞬間、無意識に美しいと感じた。
一対の神秘的な緑の瞳が放つ視線が、フォイドの深い緑の瞳を捕えて放さない。
「…此処は」
女性の唇が開き声を紡いだその時、フォイドはやっと我に返った。
冷静に女性を見ると、彼女が困惑しているのが分かる。
それはそうだろう。
通りを歩いていたはずなのに、いきなり宿屋の一室に、しかも見知らぬ男性が目の前にいるとあっては。
フォイドは頭の中で必死に言葉を選びながら、口を開く。
「此処は…王城近くにある宿の一つだ。…君と俺がユドラネの通り…ああ、『薬師の通り』って言った方がわかりやすいか。そこで、俺とぶつかったのを覚えてるか?」
フォイドが問いかけると、女性は口に手を当てて必死に思い出そうとしているようだった。
しばらくした後、そのことに思い当たったのか、彼女はゆっくりと頷いた。
「それで…ぶつかった時に俺が持っていた薬剤の袋が破けたんだ。しかも中に入っていたのが強烈な刺激臭が特徴の薬草で…まぁ、その臭いを直に君は吸ってしまったんで、昏倒して倒れたんだ。…俺の不注意で君に迷惑をかけてしまってすまなかった」
フォイドが自分の非を詫びて、彼女に頭を下げる。
実際、あの事故はフォイドがもう少し注意していれば防げた。
危険な物を扱っているという自覚がフォイドには足りなかったのだ。
「そんな…私もあの時、周りを見ていなかったから…。非があるのは私です。慌てていて、周りが見えてなかったんです、本当にごめんなさい」
女性が申し訳なさそうに頭を下げた。
それに慌ててフォイドが何かを言おうとしたその時。

ぐぅ。

なんとも間抜けな音が辺りに響いた。
「…え?」
どう考えてもこれは…腹がなる音のような。
フォイドがそう考えた時、目の前の女性を見ると、彼女の顔が真っ赤になっていた。
俯いていたからその全貌を見ることはできなかったが、彼女は耳まで真っ赤だった。
顔を上げないのも、おそらく恥ずかしさから顔を上げることができないのだろう。
「なんか下で貰ってこよう。ちょっと待ってて」
フォイドは合点がいったように笑顔を彼女に向けた。
「そんな!悪いです!」
女性は慌てて顔を上げるが、やはりその顔は真っ赤に染まっていた。
先程フォイドが神秘的なほどに美しいと思った緑の瞳も、恥ずかしさと混乱故か激しく動揺を映している。
そんな様子を微笑ましいなと思いつつ、「いいからいいから」と答えてフォイドはその部屋の扉を開ける。
だが、その時何かに気づいてフォイドは振り返った。
「そういや、初対面なのに名乗っていなかったな。俺はフォイド=フォント。君は?」
フォイドが名乗ると、女性は一瞬戸惑ったように見えたが、次の瞬間にはその唇を開く。
「…私はアシュレア。アシュレア=リンセールです」
彼女―――アシュレアははっきりとそう答えたのだった。







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