FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:18 虚ろな目覚め



突然意識が浮上した。

リーグは目を反射的に開く。

その途端、まぶしい太陽の光が差し込んだ。

「…っ」

いきなり差し込んだ光に、リーグは目を伏せた。

光を直接見ないように注意しながら、リーグは再び目を開き、光とは別方向へと向き直る。

すると、リーグにとって馴染み深いものがそこには並んでいた。

乱雑に片付けられた魔術所や絵画がそこらじゅうに転がっている。

光に目が慣れてからあたりを見回すと、すぐに自分の部屋だということがわかった。

「…あれ?なんで…」

そこで、リーグに疑問が浮かんだ。

ティアの研究室にいたはずの自分が、何故ここにいるのか。

それがわからなかった。

何か、嫌な夢…昔の夢を、見たような気はするが、それもはっきりと思い出せない。

「確かあの時…」

リーグはその時の記憶を思い出そうとするが、なかなか思い出せない。

何かが、すっぽりと抜け落ちてしまったかのような…そんな感じがした。

だが、思い出さなくてはいけないはずの何かだった。

自分の中の何かがそう警鐘を鳴らしている。

だが、思い出せない。


何故?


リーグはいらいらしながらも、一つ一つ思い出していく。

ティアが用事で部屋を出て行き…それから掃除をして。

その後…自分は何をしたのか。

リーグは必死に記憶を探り、思い出そうとする。

しかし、思い出すのはそこまで。

そこで、記憶が途切れていた。

「なんで…?」

その想いを口に出してみるが、何も思い出せなかった。

まるで、自分自身が思い出すのを…拒否しているかのように。

「どうしてかな…」

リーグはとりあえず、今まで自分が横たわっていた寝台から起き上がった。

ぎしっ、と木々が軋む音をたてつつ、リーグは素足のまま部屋の地面に足をつけた。

そして、寝台からゆっくりと立ち上がる。

だが、なかなか足に力が入らない。

近くにある机に手をつき、やっとのことで立ち上がる。

それだけのことに、随分と時間がかかった。

「…なんでこんなに体力が落ちてるんだ?」

リーグがそのことで真っ先に感じたのは体力が異常に落ちている、ということだった。

そういえば、何故か身体も気だるい。

全身に力が入らず、立ち上がるだけでも息が荒くなる。

何故、こんなことに?

それには、思い出せない自身の空白の記憶が関係するのだろうか。

だが、どちらにしろ『それ』を思い出すことは出来ない。

リーグは無意識に舌打ちした。

その何かを思い出せないことに、苛立ちを感じた。

この苛立ちには覚えがある。

幼い頃の記憶を思い出せない。

この事態は、それと同じだ。

あるはずの記憶が思い出せない。

疑問を反復しようと、何も得られない。

その時に感じる苛立ちと、これは同じだ。

「…くそ」

悪態をつけど、事態は何も変わらない。

ただ停滞したまま、それは心の中でわだかまりを作り続ける。

彼が全てを取り戻すまで。

それはただずっと…彼を蝕み続けるのだから。

「くそっ…!」

リーグは項垂れ、悪態をまたついた。

「あれ?リーグ、起きたんだ」

その時だった。

部屋の扉が開かれ、誰かが顔を覗かす。

「…ティア?」

それは、見知った顔の黒い髪と黒い瞳の少女―――ティアだった。

「思ったより、起きるの早かったわね。身体の方は大丈夫?」


ティアは扉を閉めて、小汚いリーグの部屋に入った。


椅子の上に乱雑に置かれた本を片付け、その埃を払う。

そして、そこに自身が持ってきた紙袋を置いた。

何か重いものでも入っているのか、どすん、と重い音が部屋に響く。

「…というか、あんたふらふらしてるじゃない。まだ寝てなさい。あんた一時は本当に危なかった

 んだからね」

荷物を置くと、ティアは立っていたリーグを無理やり寝台に押し付けた。

「え…ちょっと待って。危なかったって、どういうこと?」

ティアのいうことの意味がわからずリーグは困惑する。

「どういうことって…。リーグ、あんた覚えてないの?」

そんなリーグの様子に、ティアもまた驚き、困惑する。

少し考えてから、ティアは口を開いた。

「…私が研究室に戻った時…中であんたが倒れてたの。確かめてみたら、魔力の欠乏を起こして

 たんで、すぐにアリューン様やフォイドを呼んで、ここに運んだわ。それから処置してなんとか持ち

 直したんだけど」

ティアは持ってきた紙袋をごそごそと探る。

袋の一番奥から小さな瓶を取り出すと、その口を開けた。

「はい、アリューン様から貰ってきた薬。まだ完璧には魔力も回復してないだろうし、栄養もあるもの

 らしいから、きちんと飲みなさい」
そう言って、ティアはリーグに瓶を手渡した。

しかし、リーグは中身を見て、げっ、と小さく洩らした。

瓶の中には、紫と白の染料を混ぜたかのような色の液体が入っていた。

瓶を揺らすと、どろりとした液体がゆっくりと流れる。

色自体は綺麗だが、果たしてこれを飲みたいと思うものがいるだろうか。

匂いも薬品のようにつんと匂う。

「…これを、飲めと?」

リーグは必死に訴えかける目で、ティアを見つめたが、それに対してのティアの反応は冷ややかな

ものだった。

「…つべこべ言わず、飲みなさい?アリューン様が直々に調合してくださったのよ?」

「やっぱ師匠の調合か…」

ティアの反応に、リーグはがくりと項垂れる。

そして、少し考え込んでから…一気にそれを飲み干した。


口の中に、どろりと流れ込む薬。


薄荷のような清々しさが口中に広がり…そして。



「…まずっ」



最後に薬品臭い苦味と渋さがリーグを襲ったのだった。




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