FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:17 壊れてしまったその世界



「うわあああああっ!!」

悲鳴を上げて、目を開ける。

シーツを掴み、ベッドの上で飛び起きた。



恐ろしい夢を見た。



とても、恐ろしい夢を。



息が荒く、呼吸が苦しかった。

落ち着こうにも落ち着けない。

それほどに、怖い、夢。


(なんなんだ、あれは…!)


だが、それは夢。

今ここにいるということこそが、現実。

それに気づき、息を意識して整えていく。




数分して…やっと、落ち着いた。

落ち着いてから周りを見渡すと、そこは見慣れた自分の部屋ではなく、白い病室だった。

真っ白なシーツ、真っ白な壁、真っ白なカーテン。

周りが、酷く白い。

白くて、白くて…何か、嫌だった。

周りにはだれもいない。

いつも朝になると、義妹のマナが真っ先におはようといいにくるはずなのに。

その次に義母が『朝食よ』と、微笑みながら僕らを呼びにきてくれるはずなのに。

それなのに、誰も、こない。

「…お腹、空いたな」

何故か、唐突にそう思った。

思えば、いつも朝起きればすぐに朝食だった。

その生活習慣のせいなのか、それとも他の要因なのかはわからない。

けれど、酷く空腹だった。

同時に、喉がからからに渇いていた。

せめて、水だけでも欲しいと、ベッドからゆっくりと起き上がったときだった。

「…リーグ?起きたのかい?」

右方から聞こえてきた声に、振り向く。

振り向くと、その白い扉の前には義父がいた。

「…父様?」

父の顔は、酷くやつれていた。

昨日見たときより、ずっとやつれていて。

青白く、生気がなかった。

けれど、その顔には微笑が浮かんでいた。

それは、安堵の微笑だった。

「よかった…。もう、起きないかもしれないと思ったよ…。本当に、よかった…」

そう言って、義父―――ディナサイアは、その大きな手で、自分を抱きしめた。

それは、温かかった。

「父様…?」

けれど、何故かその力は強くて。

胸が、圧迫されて苦しい。

息が、詰まる。


いつものディナサイアとは、違う。

ディナサイアは、こんなに強い力で、自分を抱きしめたりしない。

もっと優しく抱きしめてくれる。

それなのに、今日は、強くて。


「おい、ディナサイア。その辺にしとけ。…苦しそうだぞ」

そうリーグが思ったとき、突然男の声がした。

抱きしめられて、前が見えなかったが、ディナサイアの後ろに誰かいる。

なんとか身じろぎして、ディナサイアの肩越しにその姿を確認する。



その男は、肩より少し短いくらい茶色の髪と緑柱石のような鮮明な緑の目を持っていた。

着ている服は白い簡素なシャツだが、その首にかけられたまるでもう一つの瞳のような緑柱石のペ

ンダントが、目を引く。そして、そのペンダントは男が高貴な身分であることを表すには十分すぎるほ

どの代物だった。大きな緑柱石を囲む精緻な金細工が施されたペンダントを持つなど、身分が高く

なければ持てない。

それくらい、子どものリーグでもわかることだった。


「まったく、お前もいい加減にしろ…。家族想いなのはいいが、お前の怪力で抱きしめられる方はた

まらんぞ」


男は呆れたように、ため息をついた。

それに対して、ディナサイアはリーグを放してから、眉をひそめ、男を睨む。

「怪力とは失礼だな。大体我が子に対して抱きついて何が悪い」

「別に抱きついて悪いって言っているわけではない。力加減を考えろといっているんだ」

そう言って、男はまたため息をつく。

聞いていると、どうもこの二人は旧知の間柄のようだった。

そうでなければ、ディナサイアがここまで言われて、黙っていようはずがない。

彼は気に食わない者に対してはもっと辛辣で、手厳しい。

痛烈な皮肉を浴びさせることも少なくはないのだ。

それなのに、この男と話している時のディナサイアの表情は、怒っているようには見えるものの、

至極穏やかだ。

彼は、家族や信頼を置ける人物に対しては、気を許す。

きっとこの男もその一人なのだろうと、リーグがぼんやり考えていたときだった。

「さて、話を戻すが…。…この子なんだな?」

男が、いきなりこちらを向いた。

その男の細い虹彩が放つ、強い意志の光―――

その瞬間、リーグは身震いがした。

男が、一瞬怖いものに見えたのだ。



男が、リーグの額に手のひらを当てた。


そしてその瞬間―――



バチンッ!



「うぁっ!!」


何かが、弾けるような感覚。

当てられた手から発せられた何かが、頭上で弾けた。


「…やはり」


男は、何かに納得したように頷くと、リーグの額から手を離した。

その手は、何故か先程より赤くなっており、熱を帯びている。

男は、再びディナサイアに向き直った。

そして、心痛な面持ちでその言葉を告げる。


「…間違いない。魔力感知のために使われるスノズの術式が耐え切れず崩壊し、霧散…これは

典型的な症状だ」

男の言葉に、ディナサイアが息を呑んだのがわかった。


「スノズの術式の判定基準を上回る魔力。これは、ティアラシエルにより定められた魔力基準を大幅

に上回る。『魔力暴走』さえ起こしていなければ、なんとかなったかもしれんが…すまん。これ以上、

私には庇い立てできん」


くやしそうに顔を歪め、男はそう言った。

それに対し、ディナサイアはただ、「そうか」と小声で答えたのみだった。



一瞬、部屋を支配する沈黙。



ディナサイアは、悲痛な表情で手で顔を覆った。

まるで、絶望したかのような、その姿。

リーグには、何がなんだかわからなかった。

そして、リーグの方に向き直った男は、言いにくそうにしながらも、その言葉を告げる。


「ティアラシエル宰相、ディナサイア=グターの一子、リーグ=グター。今日より君を第1級高位魔力

保持者として認定する。ティアラシエルの魔典法により、君の在籍をティアラシエル国立中等学校

よりティアラシエル国立魔術院『翠蓮宮』の門下へと移す」



「え…」



告げられた言葉の意味がわからなかった。


第1級高位魔力保持者?


翠蓮宮?


それは、一体何?


頭の中が、混乱していた。


何もかもわからなかった。


けれど、無慈悲な言葉は続いて。


「君はこれに対し、拒否権を持てない。そして、これは王命に代わり…ティアラシエル国立魔術院

『翠蓮宮』の長『翠蓮煌』である私、ギオアール=ウェルガムが命ずるものとする」



そう、男―――ギオアールは最後に締めくくる。


リーグは、混乱しながらもやっと気づく。



もう、あの幸せな日常には、戻れないということに。



そうしてしまったのは、他ならぬ自分だったということに。



あの、赤い情景。



狂ってしまった、自分。






それこそが、全てを壊してしまったということに。





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