FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:14 隠されてしまったもの




ティアは廊下を走っていた。

途中、数人の教官に廊下を走るなと注意されたが、そんなことを気にするティアではなかった。

そして、今はどうしても走りたい気分だったのだ。

気分が高揚していて、走り出さずにはいられなかった。


(まさか、現実になるなんて!)


先程のことが夢ではないのだと思うと、ティアは嬉しくて顔が綻ぶ。

あの女性が言ったことが、真実だと重みを増すほど、彼女の心は弾んだ。

そして、この事実を誰かに聞いてほしかった。

この喜びを、誰かに聞いてもらいたかった。


「リーグ!聞いて、朗報よ!」


そう言って、ティアは大きな音をたてて、扉を開けた。








「え?」


そして、目を見張った。

「何、これ…?」

この部屋は、自分に与えられた研究室だったはずだ。

多少散らかっていたのは覚えているが、こんな状態ではなかったはずだ。

それなのに、この惨状は。




まとめられていた書類が、あちこちに散らばっている。

それだけならまだよかった。

書類自体が、引き裂かれたものまであった。

最近補充したばかりの真新しい黒のインク瓶は、無残に砕け散り、床に黒い花を咲かせていた。

数本のペンはまるで強い衝撃を受けたように、ひしゃげてそこらじゅうに転がっている。

参考書も、びりびりに引き裂かれ、無残なまま転がっていた。



これは、一体。



ティアが、そう思ったとき。

研究室の隅に設置された机の側に、蒼いものが見えた。


「…リーグ!?」


それは、髪だった。

珍しい水色の髪が、あたり一面に広がっていた。

そして、その本人は、ぐったりしたまま動かない。


「ちょっと、リーグ…どうしたの!?」


すぐに頬を軽く叩き、反応を待つが、言葉はなかった。

その瞼は堅く閉じられ、顔色は青白い。

身体に触れても、その体温は異常に低かった。


ティアは、そのリーグの状態に息を呑んだ。

その状態に、非常に覚えがあったからだ。


「魔力の欠乏状態…!」


魔力の欠乏。

それは、魔術師が起こしてはならないことの一つだった。

魔力とは、ある意味非常に生命力と似ている。

人間が生きるために必要な何か―――その一つなのだ。



人が誰しも持つ生命力の一種。



その一部が変質したものが魔力という力だった。



そして、魔術師はそれを使って魔術を行使する分、魔力の消耗がどうしても起こる。

魔力は自然の気の流れに由来しているらしく、時間を置いたり、休息を取ると、自然に回復するの

だが、もしその限界を超え、魔力を使い続けた場合。


それは、魔力という命の力を欠乏させる。


つまりは、魔力の欠乏は死に直結する。



「嘘でしょう…!?」

ティアは信じたくなかったが、リーグの症状は、明らかにそれだった。

意識混濁、体温の異常な低下、周囲に残存する不安定な魔力の存在。

その全てが、この状態をリーグの魔力の欠乏だと証明するものでもあった。



何があったのかはわからない。

だが、何かあったのは確かだ。



そうでなければ、この惨状とリーグの様子は一体なんだというのだ。




けれど、ティアには何もわからなかった。


リーグに起きたことが、なんなのか。


リーグが倒れていることで頭がいっぱいで、気づかなかった。


リーグのすぐ側に、自分のノートが転がっていることに。



そのノートの一部分が、原形を留めぬほど、切り裂かれていたことに。




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