FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:14 願いの結晶



その細い腕が、自分の身体を抱いた。

ふわっ、と花の香りがした。

いい匂い、だった。

まるで、昔、母様が作ってくれたポプリのように。


いい夢が見れますように、って。


微笑んで、渡してくれたあのポプリのように――――





リーグは、その腕の中で、意識を手放した。













「…思い出さなくて、いい」


女は、そう呟いた。

透き通った碧き風の精霊――― 否。



誰よりも気高く、誰よりも自由な、その姿は。




風の統括精霊――――精霊王フォリューネ。




「思い出さなくたって、いい…!」



ただ、フォリューネは呟く。

意識を失い、その腕の中で眠る存在を。

彼女――― 否、『彼女達』にとってその存在がここにあることは、奇跡に近かった。

失ったと思っていたその存在を、見つけたあの時。

彼が、再び『彼女達』を呼んだあの時。


彼の心は、ひどく、傷ついてしまった。


悪いのは、彼ではない。

悪いのは、彼を拒絶したあの女でもない。


悪いのは、彼らを殺そうとした者達。

そして、彼に再び呼ばれたことに歓喜し、限度を失ってしまった『彼女達』。


贖い切れぬほどの罪を、彼女達は犯してしまった。



『ただ、愛しき存在を守りたかった』



彼は、そう言って泣いた。

彼は、そう言って彼女達を見ることができなくなった。

彼女達は、彼を慰めることすら出来なかった。

彼女達は、彼をただ見ていることしかできなかった。




あの出来事さえ、起こらなかったら。




誰も、傷つかずに…笑いあえていただろうに。




「もうそんなつらいことは思い出さなくていい…。そんなつらい想いを思い出すくらいなら、もう、何も

思い出さなくていい…」



そう、過去のことなど。

思い出さなくたって、いい。

失った記憶も、思い出さなくていい。

それが、彼に苦しみを与えるなら。


思い出さなくてもいい。


ただいつまでも笑っていてくれさえすれば、それでいい。




フォリューネは、リーグの身体を床にゆっくりと横たえる。

そして、一粒の涙を流し、掻き消えた。



かつん、と涙の結晶が、地に落ちた。




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