FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:9 顕現に至る認可



「それじゃ、あたし少し用があるからちょっといってくるわ。留守番よろしくね」

そう言って、ティアは足早に部屋を後にした。

そして、リーグは一人、ティアの部屋に取り残されたのだった。







「あーあ、すごい散らかりよう…」


散乱した紙や本を拾いながら、リーグは一人呟いた。

周りには、紙や本はもちろん、折れたペン先や空になったインク瓶までもが転がっており、足の踏み場を見つけるのさえ困難だ。

リーグも自分の部屋の状態もすごいので人のことは言えなかったが、それでもこの散らかりようはすごいと思った。

しかし、それも仕方が無いかと思って、リーグは微笑んだ。



アリューンの研究資料をティアが受け取った日から今日で丁度一週間。
ティアの研究は大分進んだ。

元々ティアが調べているものは、古代魔術の繁栄期に作られたフロウ=アソートの秘術だ。

古代魔術について、見識の広いアリューンの研究資料は大いに役に立ったのだろう。

今まで溜まりに溜まっていた仮説の数々の証明や裏づけになど、多くの部分で活用されたのは、それを手伝ったリーグにも良く分かる。



(今考えてみると、師匠が他の高位魔術師から一目置かれているのも分かるようなきがするな…)


今更ながら、リーグもそう思った。

アリューンの研究は、緻密な調査や過去の記録に忠実に基づいており、素晴らしく出来の良いものだった。

あまり、そういった研究にそこまで係わり合いのないリーグでさえ、その完成度の高さに驚いたのだから、他の魔術師がアリューンを放っておく訳がない。


あの、のほほんとした師匠も、案外曲者であったというわけだ。



「さて…と。ゴミでも片付けるか」

そう思いながらも、リーグは部屋の掃除に取り掛かることにした。

この部屋の状態はあまりにも酷かったし、どこに何があるか分からないので、至急整理整頓が必要だった。


不本意だが、今、リーグが『上』より言い渡されたのはティアの研究の手伝いと、彼女が研究を心地よく行えるための環境を作ることだ。

この掃除と整理整頓も、その環境作りには必要不可欠なことだ。


リーグは、一度だけため息をつき、机の横に置いてあった箒を掴んだのだった。








「あー…暇すぎる」

リーグが掃除をし始めた頃。

中庭にあるベンチにもたれかかり、ぼやいているフォイドの姿があった。

いつもつるんでいたリーグをティアに取られたせいで、暇をつぶす相手がいないのだ。

しかも、講義中のためか周りには人っ子一人いない。


<だったら修練でもしたら?どうせ、貴方のことだから論文書くより、体動かす方が気も晴れるでしょうに>


それなのに、フォイドの耳には、誰かの声が聞こえた。

それは高いトーンの…それでいて、不思議な音色を持った女の声。

歌うようにして聞こえてきたその声は、まるで極上の声色を持つ歌姫の声のようだった。


しかし、その声にフォイドは凍りついた。

その声には、フォイドは嫌と言うほど覚えがあったのだ。


「…ヴァティ、帰ってたのか」


彼は露骨に顔をしかめて、その声の主の名を呼んだ。


<あら?そんなに嫌がることないじゃないの。私の可愛い坊やが寂しがっていると思って急いで帰ってきたのに>


そして、再び発せられた声と共に、フォイドの側に変化が起こった。

風が吹き乱れ、魔力が集束していく。

それを、もう慣れたとばかりにフォイドは見やった。



<さあ、私の真実の名を呼んで頂戴。私が、此処に在るために必要な…貴方のみが呼ぶことを許された、その名を>



女の声はなおもフォイドに向かって発せられる。

そして、フォイドも仕方がないとばかりにその口を開く。



「ったく…毎回毎回面倒ったらありゃしない…。…『契約主たる我が認可するからさっさと出てきて顕現しやがれ』」




そして、その音を言葉に乗せた。




「『ゲイルヴァティア』」




顕現するは、風の乱舞。


『碧』という色を纏いし、純粋なる魔力の舞踊。


美しく鮮烈な、大いなるもの―――




「相変わらず酷い認証だこと。…ただいま、我が契約主たる碧風の愛し児」


「…おかえり、我が半身にして放浪好きな碧風の精霊さん」


フォイドはその『風』に向かい、手を差し伸べた。

そして、その手を取ったのは、透き通る『碧』の体を持った女。


風の高位精霊ゲイルヴァティアだった。


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