FREEHAND
第1章 『朱に染まりし始まり』
DROW:8 彼の美徳 彼女の涙
翠蓮宮のある一室。
ティアのために割り当てられたこの部屋は、いまや紙と本が散乱して凄い状態になっている。
「あ〜、もう!これでまた全部結論崩れたーっっ!!」
ばんっ、と持っていた本を机に叩きつける。
ちなみにこの本、翠蓮宮の備品だ。
「そんな事いったって、ティア。フロウ=アソートはいまだに謎の魔術師だよ?こんなもんで足がつくく
らいならとっくにだれかが・・・」
リーグが半ばあきれながら本や紙を拾い上げ、整頓して行く。
「んなもんわかってるわよ!でも、これでもう3年よ、3年!大陸各地を巡って神話やら伝承洗いざらい
調べて宮で論文書いて…!!だー!!もう、一つぐらい当たってもいいもんでしょうに!!」
どうやらティアはかなりきれているらしい。
1週間、部屋にこもりっきりで調べたティアだが、ここにきて焦りが見えはじめたのである。
「3年ぐらいで足がつけば歴代の研究者もそこまで苦労しないって」
「そうだけど!!確かにそうだけど!でも…!!」
後、1年しかないのに。
そこまで出かかった言葉を、ティアは慌てて封じた。
その時だった。
ガラッ。
ティアの部屋に一人の訪問者。
「ティア〜、リーグ〜。ちょっとすみませ〜ん」
きたのは、リーグの師匠アリューンである。
「どうしたんですか、師匠」
「いや、そういえば私が研究してたものの中でティアが使えそうなものがあったんでね。持ってきたん
ですよ」
そう言ってアリューンが大量の和綴じの本をリーグに手渡す。
そこで、リーグが手渡されたものの正体に気が付いた。
「あれ?師匠、これって…」
「そうです。『古代魔術』についての論文ですよ」
アリューンは、いくつかの研究を行なっている。
その中でも最も熱心に行なっている研究が『古代魔術』についてだ。
かつて、『大災厄』以前に栄華を誇った魔術師。
彼らが扱っていた魔術は、現代の魔術とは根本から違うのだという。
それゆえ、『古代魔術』は今では失われた術なのである。
「もともとフロウ=アソートは古代魔術師の一人でもありますからね。何か手がかりになるかもしれないと思いまして」
「アリューン様…」
にっこりと笑うアリューンに、ティアは今にも泣き出しそうな目を向ける。
普通、魔術師は自分の研究を他者に見せるということは滅多にないのだ。
それどころか、皆無に等しい。
魔術師が行なう研究は多くが機密なのだ。
そして、研究によって名誉と名声を得ることを目標としている魔術師とて、多くいる。
だが、アリューンは、何故かは知らないが、名誉などにまったく興味がない。
そして、努力している人には協力を惜しまないのだ、この人は。
だから、人徳もあるのだが。
「今までの研究成果はこれに全て記してありますからね。どーぞ、存分に活用しちゃってください」
「は、はいっ!ありがとうございます!!」
ティアは、そのアリューンの言葉につにこらえきれず涙をこぼしながら礼を返した。
その様子を見て、アリューンはにっこりと笑った。
その笑みは、裏表のない、美しい微笑だった。
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