FREEHAND

第1章 『朱に染まりし始まり』

DROW:3 力などいらなかった


部屋の扉が開く。

所々に散らばる積み上げられた魔術書。

窓際に並べられた薬品の入った小瓶。

垂れ下がっている紐に吊り下げられた魔術の基本中の基本の構成が描かれている多くの紙。

そして、その場に似つかわしくない、絵画の数々と、放り出されている絵の具。

「…早く仕上げないとね」

リーグは中央にぽつんと置かれたイスのほこりをはらい、そこに座る。

イスの前には、一つの絵があった。

青空が広がる中に、一人の少女がこちらに笑いかけている絵。

穏やかでほっとできる、絵。

その描かれている少女とは、リーグの義妹である、マナ。

「もう、5年か…」

もう、5年…家には帰っていなかった。

最初の方は良かった。

学ぶ事が面白かったし、友達もたくさんいた。

リーグは飲みこみが早く、どんなに難しい問題でも首席を取っていた。

けれど、あの実技から…。

2年になって初めて実技試験を受けた、あの時から。

結果は惨敗だった。

何回やっても、何十回やっても魔術は発動すらしない。

筆記の成績だけは維持したが、いまではこのざまだ。

「情けない…」

本当に、情けない。

結局、自分はあの家にとってお荷物でしかないのか。






リーグは、養子だった。

12年前、ウィン・スノウの日に、血に塗れた姿で、養父に保護されたのが、『リーグ』にとっての始まり。
そのときには既に、リーグは自分の名前以外の記憶の全てを、喪失してしまっていたのだから。

だから、実の親の顔もわからないどころか、自分のことさえわからない。

自分は一体何者なのか。

それが、わからない。

あったはずの土台は崩れ去り、リーグは常に不安定だ。


それを、支えていてくれたのが義妹をはじめとするあの家族だった。


あの優しい言葉をかけてくれた義父。

血など繋がっていないのに、兄弟同然に親しくしてくれた義兄や義弟。

自分を大切にしてくれた家の使用人達。


彼らには、いくらお礼を言ってもいい足りない。

だから、絶対に彼らに恩を返したかった。



それなのに。



「なんで、僕にはこんなものがあるのかな……?」



扱いきれない、強大な魔力。

そんなもの、邪魔でしかないのに。

こんな、お荷物。

こんな力など、いらなかった。


こんな力など、なければよかったのに。


そうすれば、義母を、傷つけてしまうこともなかったのに―――





朝。

いつも通り、薄汚く長ったらしい制服を着て、髪を梳かずに部屋を出る。

「リーグ、今日はまた遅いな」

部屋の外ではフォイドが一足先にきていたようだ。

ちなみにフォイドはというと、若草色の髪を綺麗に梳かし、動きやすく軽い素材で作られた短い緑の

ローブを羽織り、腕に琥珀のタリスマンをつけている。

また、ここ、翠蓮宮では別に制服の着用が義務付けられているわけではない。

制服は毎年全員に2着配給され、式辞の時などだけ着用を義務付けられる。

よって、翠蓮宮の門下の者達は自分にあった、自分の趣味の服が着用できるのだが…。

リーグはあまり目立たないように、わざとこういう格好をしているだけだ。

こうやって地味で小汚い格好をしていれば嘲笑される事はあるが、絡まれる事はほとんどない。

かけている瓶底眼鏡も、わざと。


「あいかわらずだな、お前」

フォイドにそうやって言われても仕方ない。

だが、特に気にせず、リーグは朝食のために食堂へと向かった。


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